和歌山県 東牟婁郡 串本町にて紙や墨や孫原湘の掛軸などの買取をしました。

和歌山県 東牟婁郡 串本町にて断捨離で紙や墨などの買取をしました

査定してもらったお品を全て買取ってもらいたいとの事でしたのでトラックを使ってお伺いさせて頂きました。

ちなみに孫原湘の掛軸もありました。大変素晴らしいお品でした。

お客様の買取したお品の中で一部はオークションに出す様にお話しておきました。いいお値段がつくといいですね。楽しみにお待ち下さいませ。

【紙の起源と我が国の紙】
中国て初めて紙が製造されたのは西紀前後で世界では最も早く、そして六五〇年になって遠くアラビアのメッカて中国から輸入された紙が初めて用いられたといわれている。

中国の紙最古の紙紙は後漢の元興元年に樹の皮・麻およびポロ、魚網等から紙を造ることを発明して和帝に献上された。

色彩のある紙も唐時代になると流行し、、宮廷や大官の間には金粉を撒いた金鳳紙などが愛用され、また文様を描いた魚箋や花箋とよばれる色紙も行われた。五彩の美しい紙も造られたが、蜀(四川省)が造られた深紅の小彩箋が最も有名である。

漢時代の漆工芸の中心地であるほか染織ても蜀江の錦が唐代の名品として知られ、また紙工芸も宋時代の初期まではが第一の生産地であった。また蜀の謝景初は謝公館と称された彩箋て名があり、その色は深紅・粉紅・杏紅・明黄・深青・浅青・深緑・浅緑・銅緑・浅雲の十色があったといわれている。また晋の大書家である 王羲之は、永和九年に詩文の会を園亭て行い、自ら蘭亭序の一文章を草した一説がある。

唐時代になると麻のほかに江蘇・浙江方面では柔らかい若竹の繊維から竹紙を造り、北方ては桑の皮から桑根紙が造られ、浙江省曹娥江上流の刻溪ては藤の藁から藤角紙が造られた。楮紙もまた当時一般に用いられていて、唐の紙には短白簾・粉蝋紙・布紙・卵紙・硫黄紙などが存在する。

わが国には正倉院に保存されている唐時代で生産された紙類が多量ある。その中で唐紙といわれるものに聖武天皇の「雑集」、光明皇后の「楽毅論」等があり、いずれも白麻紙と伝称されている。また「光明皇后御順一切経」は聖語蔵に七百五十巻も現存し、他に流出したものもあって、多量の紙を使用しているがその大部分は黄麻紙による渡来した紙である。

正倉院の色名紙には、黄紙・深緑紙・浅緑紙・青紙・紫紙・麻紙・紅紙・藍色紙・橡紙・蘇芳紙・胡桃紙・赤紫紙・黒紫紙・青褐紙・黄褐紙・色麻紙十九巻・型紙を置いてその上から彩色を吹きつけた吹絵紙・絵唐紙という刷して書の飛白体のように鳥駅・雲文を描いた紙・緑紙に金砂子を高いた緑金箋

日本の製紙地域:越前・美濃・大和・山城・但馬・近江・伊賀・志摩・和泉・紀伊・越中・佐渡・甲斐・相模・伊豆・駿河・遠江・尾張・摂津・淡路・備中・播磨・周防・長門・出雲・隠岐・因幡・阿波・伊予・筑前・筑後・豊前豊後・薩摩・陸奥

紙の異名:白麻、惜児、美雲、魚紙、竹帛、村葉、蝋紙、玉板

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