中国書家紹介

李斯

河南省の出身。秦国の宰相の呂不韋に仕え、始皇帝が天下を統一して帝位に即くと丞相に座った。かれは始皇帝の命で諸国の文字の書体を統一して篆書を作りました。また始皇帝に従って茶山その他五ヵ所を巡遊し、石刻の文章と文字を書いたとされている

程邈

陝西省の出身。生卒年は不明ですが、巻末・漢初の人物です。獄中で篆書(てんしょ)を簡便にした隷書(れいしょ)3000字を作って始皇帝に献じ、御史の官を授けられた。隷書の創始者といわれる。隷は徒隷の意味から出て下級民を指す文字です。程はこうした律令・獄務を書写する小吏であったとされている。

史游

前漢時代の人物で、文字の書である「急就篇」(きゅうしゅうへん)の著者

許慎

河南省の出身。字は叔重。後漢の明帝の水平年間に生まれ、太尉南閣祭酒,洨県の長などに任ぜられた。官は淡県の県長になりましたが、これより前に東観で書籍の校定に当たったほどに、学問に秀でた。「節文解字」「五経異義」の著者

崔瑗

北省漆郡安平の出身。字は子玉。66歳。名家の子弟でしたが、中年まで不遇で、各地の官をを転々とした。「草書妙」

杜度

陝西省の出身です。字は伯度。後漢の人物です。書では最初の名手といわれました。

蔡邕

河南省陳留の学者。字は伯かい(はっかい)。後漢の陽嘉元年に生まれ。最平4年(175)には命を受けて経書の文字を正し、大学の門外に「熹平石経 (きへいせっけい) 」という四十六碑を建立。この碑の隷書をかれがかいたという説もあります。娘は蔡琰

邯鄲淳

三国時代、河南省潁川 の文学者、書家曹喜を師として篆書(てんしよ),隷書は王次仲の法を会得。
胡昭,鍾繇(しようよう),衛覬(えいき)韋誕

張芝

河南省弘農の出身。書は杜度,崔瑗に章草を学び,草書の体を一新した。代表的な作品に『秋凉平善帖』

衛罐

山西省安邑の出身。字は伯玉。書は草体。

梁鵠

甘粛省島氏県出身 字は孟皇。隷書が有名な人物

衛夫人

衛展の妹で、次陰太守李知の妻.。晋の恭始八年に生まれ。王羲之の書法を伝えたと言われている。

王義之

山東省臨沂の人物。東晋の書家。字は逸少。官は右軍将軍、会稽内史。書は楷・行・草を巧みにし、「書聖」と呼ばれる。刻本では『蘭亭序』『十七帖』『聖教序』などが名高く,楷書の『黄庭経』『楽毅論』がある。父親は王献之

王献之

中国,東晋の書家。王羲之の第7子。東省郵堺の字は子敬。新安公主と再婚『地黄湯帖 (じおうとうじょう) 』『中秋帖』,小楷の『洛神賦十三行』

王僧虔

山東省郵堺の人。南朝の宋の元嘉三年に生まれ。宋・斉の二朝に仕えて、書は王献之にも優ると称される「書賦」

鄭道昭

河南省開封の人。中国,北魏の代表的書家。けい陽 (けいよう。河南省開封) の人。字は僖伯。号は中岳先生。

陶弘景

中国,南北朝時代。江蘇省林陵の人。南斉に仕え、諸王侍読になる。辞して江蘇の句曲山に隠居。華陽陶隠居と号する。『神農本草経集注』

庾肩吾

河南省南陽新野の人です。字は子頂。庾信の父。簡文帝に仕える。詩人として有名。主著『書品』

欧陽詢

湖南省 (長)の出身。字は信本。『芸文類聚』の編纂。官は隋の太常博士となり唐に仕えて太子率更令になる。代表作『皇甫誕碑』『九成宮醴泉銘 (きゅうせいきゅうれいせんのめい) 』は楷書の手本、碑文も多く存在する。

虞世南

中国,初唐の書家。字は伯施 (はくし) 。諡は文懿 (ぶんい) 。「孔子廟堂碑」

房玄齢

山東省臨淄の人です。北周の宣政元年に生まれ。唐の名臣の一人で、行草書・隷書の名人「房杜」

魏徴

河北省曲城の人です。字は玄成。諡は文貞。「貞観の治」に貢献。隋書』『北斉書』など正史の編纂。『羣書治要』『述懐』『魏鄭公文集』

顔師古

山東省臨沂県の出身。名は籀 (ちゅう) 秘書監弘文館学士『大唐儀礼』 の編纂,孔穎達 と『五経正義』の撰集。『漢書』「干禄字書」

褚遂良

浙江省杭州銭塘の人。字は登善。『伊闕仏龕碑 (いけつぶつがんひ) 』『雁塔聖教序』,行書の『枯樹賦』『文皇哀冊』

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